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ニュース見出し
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2011-3-18 1:26
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東日本巨大地震が残した科学と技術の課題(宮田秀明の「経営の設計学」)
東日本巨大地震は、戦後最大の災害になった。自然の恐ろしさを思い知らされる出来事である。あまりの悲惨さに、多くの国民の人生観に大きな影響を与えたのではないだろうか。被災された人々はあまりにもかわいそうだし、同じ国民として何とかしてあげたいと思う。「被災しなかった私たちも、もっと今の幸せを大切にして頑張らなければならない」。こんな風に思った人も多いのではないだろうか。
つつましく暮らす優しい人々に自然はつらい仕打ち
東北地方を旅行したことが4回ある。最初は大学2年生の夏休みだった。1967年、19歳の時だった。東大自動車部では、2年生の夏休みに2年生だけで東北地方を1周する遠征をすることになっていた。
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2011-3-17 1:33
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インド進出 挫折の本質()
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2011-3-17 1:33
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中高年は席を譲れ()
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2011-3-17 1:33
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大震災 孤立して諦めかけた私を救った“声の力”(河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学)
分かっているつもりでいても、自らが体験しないと分からないことがある。
今、思えば……、東京で暮らす私たちにとって、阪神・淡路大震災の恐怖と混乱と悲しみは、人ごとだったような気がしてならない。リアリティーがあるようでなかった。いや、私たち、ではなく、私、と言い変えよう。私は分かっているようで分かっていなかったのだ。
3月11日金曜日の午後2時46分。東北地方太平洋沖地震が起きた時、私はJR水戸駅のホームにいた。
東北地方の震源地近くに比べれば揺れは大きくなかっただろう。沿岸部を襲った津波もなかった。それでも、水戸駅は一瞬にして機能不全とパニックに陥った。
生まれて初めて、死ぬかも、と思った。
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2011-3-17 1:33
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大震災が企業にもたらす3つの危機(東日本巨大地震)
未曽有の危機
3月11日に発生した東日本大震災は東北地方を中心に深刻な被害をもたらした。さらに、原子力発電所が危機的状況に陥っており、原子力事故による被害も非常に懸念されているところである。
この震災が産業界に与える影響は甚大だ。被災地の企業が、地震や津波で直接的被害を受けたことは言うまでもない。それに加えて電力供給に大きな支障が生じたため、地震の直接的被害を受けなかった首都圏などの企業の活動にも影響が広がっている。さらに、消費マインドの急激な悪化により、今後は個人消費が大幅に落ち込むことが予想される。そして企業活動の停滞と消費の冷え込みにより、回復途上にあった景気が大幅に後退することは避けられないと考えられる。
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2011-3-17 1:33
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米メディアが見た東日本巨大地震(東日本巨大地震)
東北・関東を襲った大地震発生と同時に、米メディアは大規模な取材力を投入、連日現地からのレポートを視聴者に送っている。その規模は、おそらくイラク戦争開戦直後の取材体制に匹敵するだろう。24時間ニュース速報を流すケーブルテレビのCNNやフォックス・ニューズはともに看板アンカーマンを送り込み、現場の状況を時々刻々送り続けている。ニューヨーク・タイムズなど主要新聞は、アジア各地から特派員を日本に集結させる一方、本社から地震や核問題の専門記者を特派している。
アメリカのメディアがこれほど人とカネを使って「日本」に関して報道するのは何年ぶりだろうか。
ここ10年、米メディアの日本への関心は急速に薄れていた。
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2011-3-17 1:33
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東日本巨大地震 緊急特集(東日本巨大地震)
このたびの震災で被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。日経ビジネスオンラインは、随時、今回の災害に関する記事を掲載していきます。
<昨日までの主な記事一覧>
東日本巨大地震
2011年3月16日(水)
防災グッズ、今こそ届けたいが…
自動車通勤で不可欠なのはガソリンや軽油などの燃料だが、それが手に入りにくいのだ。ハードとしては操業できたとしても、そこで働く人が来られないようでは、工場は動かせない。
中国新聞趣聞〜チャイナ・ゴシップス
2011年3月16日(水)
被災者が言う「あなたも、一緒に食べなさい」
当時は、「長野聖火リレー事件」などもあって、日中の国民感情の対立が先鋭的になっていたが、大震災という非常事態の前に、そういうわだかまりなど吹っ飛ぶのだということも、身をもって知った。
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2011-3-17 1:33
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忘れられた被災地「茨城」(東日本巨大地震)
被災状況がほとんど伝えられない状態が続く茨城県。地震によって水道や電気などのライフラインが寸断されたのに加えて、鉄道・道路といった交通網も麻痺状態に陥った。一部地域では被災地でもあるにも関わらず輪番停電に組み込まれるという事態も起き、まさに「忘れられた被災地」だ。県北最大級の医療機関、日立総合病院(日立市)の総務グループに現状を聞いた。(構成は広岡 延隆)
最も困っているのは水だ。日立市内では多くの地域で断水が続き、いつ復旧するかメドが立っていない状況で、約300人の入院患者がいる当病院も例外ではない。
地震で病院の水タンクが破裂してしまい、医療行為に必要な水が不足している状況だ。
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2011-3-17 1:33
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日立、黒字事業でも見切り(時事深層)
日立製作所がハードディスク事業を約3500億円で売却する。手放すのは、中西社長自らが立て直した米国子会社。黒字化した事業に見切りをつけた理由は何か。
日立製作所が売却するのは、完全子会社の日立グローバルストレージテクノロジーズ(日立GST)。売却先は、世界のHDD(ハードディスク駆動装置)市場で30%のシェアを握る米ウエスタン・デジタルだ。43億ドル(約3500億円)というのは、日立にとって過去最大規模の事業売却案件である。
日立は昨年11月、日立GSTを米国市場でIPO(新規株式公開)する準備を開始したと発表していたが、急転直下で事業売却に踏み切った。
HDD事業の売却を7日に発表した日立製作所の中西宏明社長
日立GSTは、日立が米IBMのHDD部門を約20億ドルで買収し、自社のHDD部門と統合して2003年に作った会社だ。
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2011-3-16 16:32
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防災グッズ、今こそ届けたいが…(東日本巨大地震)
仙台を代表する企業、アイリスオーヤマ。同社の角田工場(宮城県角田市)は、比較的軽微な被害ながら、工場の本格的な操業再開は難しいという。従業員の足であるクルマの燃料が手に入らないからだ。
大きな視点では被害が少なく見える工場でも、末端の小さな歯車が1つ欠けただけで工場は動かなくなってしまう。東日本巨大地震は、効率化を求めてきた日本の生産システムの弱さという課題を浮き彫りにした。
東日本大震災で甚大な被害を被った宮城県。彼の地を代表する企業が、アイリスオーヤマだ。
プラスチック成型品からガーデニング用品、ペットケア用品など、常に新たな市場を開拓してきた同社は、宮城県角田市の工場が震災でガラスが割れるなどの被害が出たという。
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2011-3-16 2:06
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ボスの期待をそんたくしてはいけない(鈴木義幸の人を動かす問いの力)
これまでのコラムでは、問いによっていかに部下に考えさせるか、ということをお伝えしてきました。
今回は、少し違った角度から「上層部にいる人」や「上の立場の人」に向けた質問の仕方について見ていきたいと思います。
エグゼクティブコーチという立場で、企業の上級管理職以上の方々と接している中で、思うことがあります。
ポジションが上になればなるほど、上位者が下位者に対して、明確に期待や要望を伝えなくなる、ということです。
高いポジションになると「こうしてほしい」と言わなくなる
課長が課のメンバーに対して期待を伝えるようには、事業部長は部長に、また、専務は取締役に「こうしてほしい」という想いを伝えません。
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2011-3-16 2:06
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第22話「ボクはそうは思わない。日本は必ず蘇るよ」(熱血!会計物語 〜社長、団達也が行くseason2)
前回までのあらすじ
MTCの東京本社には沢口萌が入社し、シンガポールのMTCラボに赴任した。原価計算のシステムを作るよう達也に指示されていた。
MTCラボの金子順平は萌の赴任を待っていた。金子がいる工場ではK01の生産に追われていた。電気自動車の電池の性能を飛躍的に上げるこの製品には、各国のメーカーから注文が殺到していた。
団達也の恩師、宇佐見が亡くなった。カリスマ的な経営コンサルタントだった宇佐見は、ことあるごとに達也にアドバイスを与える存在だった。
その宇佐見の絶筆が達也のもとに届いた。そこには「利を見て義を思え。世のために生きよ」とあった。達也は涙を流しながら手を合わせた。
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2011-3-16 2:06
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東日本巨大地震 緊急特集(東日本巨大地震)
このたびの震災で被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。日経ビジネスオンラインは、随時、今回の災害に関する記事を掲載していきます。
<これまでの主な記事一覧>
加藤嘉一の「脱中国論」現代中国を読み解く56のテーゼ
2011年3月15日(火)
日本の危機対応に学べ!
「中国国民は日本国民の奮闘から真摯に学ばなければならない」。ある中国週刊誌の編集長は、著者に抱負を熱く語った。
東日本巨大地震
2011年3月15日(火)
震災の修羅場で学んだ 災害対応の“本質”
震災直後は電話もろくに通じず、情報が不足していた。一刻も早く神戸工場の操業を再開するには、思いついた方法をすぐに実施するしかなかった。
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2011-3-15 0:56
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東日本巨大地震()
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2011-3-15 0:56
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大震災後の経済・株価は悲観視しないでいい(東日本巨大地震)
「天災」では「マインド」は悪化しない
3月11日に発生した巨大地震は今後、日本経済、株価にどのような影響を及ぼすであろうか。私はこれによって経済や株価が大きくマイナスに転化することはないと考えている。
この地震は明治以降の我が国の観測史上最大と推計され、被害の状況も想像を超えるすさまじいものであった。その全貌が明らかになっていない段階で断定することは禁物ではあるが、過去の事例を参考にすると、今後の経済・株価に悲観的になる理由は見当たらないと思われる。
株式市場の格言に「災害に売りなし」がある。一般に台風、洪水、津波、火災、伝染病といった災害では株価が下がらない、という教えだ。
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2011-3-15 0:56
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震災の修羅場で学んだ 災害対応の“本質”(東日本巨大地震)
1995年1月17日、関西地方を急襲した阪神大震災──。その激震は、神戸市を中心に甚大な被害をもたらした。最も被害が大きかったのが、民家が密集した長田区だ。
瞬時に広がった火災によって、一帯が焼け野原と化した。この長田区に工場を構えていたのが、三ツ星ベルト。工場の従業員が延焼を阻止し、8日後には操業を再開した。その経験から得た災害対応の本質を西河会長が説く。
(取材構成:中野目純一)
まず、3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震で被災された方々にお見舞い申し上げるとともに、亡くなられた方々に深く哀悼の意を表する。
私は1995年1月に起きた阪神・淡路大震災を体験し、震災の被害が拡大する中、被災した会社や工場の復旧を陣頭指揮した。
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2011-3-15 0:56
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「個人ボランティアは、今は現地に行かないで」(東日本巨大地震)
関東・東北地域を襲った未曾有の大震災。現地では、各種の救援活動が始まっている。その1つが、災害支援を専門に請け負うNPO(特定非営利活動法人)シビックフォースと、チャリティ・プラットフォーム。チャリティ・プラットフォームの代表理事である佐藤大吾氏が、現在の被災地の状況を語る。(蛯谷 敏=日経ビジネス記者が談話を再構成した)
町が消えたーー。震災の翌日、私が宮城県の被災地上空を視察して感じた最初の印象だ。私が代表を務めるNPOチャリティ・プラットフォームと、災害支援専門NPOであるシビックフォースが連携し、現地での支援策を探るため、3月12日、東京ヘリポートから被災地の調査に向かった。
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2011-3-15 0:56
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「ガソリン、灯油は被災地に優先供給を」(東日本巨大地震)
東北地方を中心に東日本の広い地域を襲った巨大地震。被災地では今も電気、ガス、水道などのライフラインが絶たれたままだ。これに加えて、ガソリンや灯油などの燃料も底をつきつつある。子会社を通じて、福島交通(福島市)、茨城交通(水戸市)、岩手県北自動車(盛岡市)のバス会社3社に出資・経営支援している経営共創基盤の冨山和彦CEOが電話インタビューに応じ、窮状を訴えた。
(小平和良 日経ビジネス)
問 被災地ではガソリンや灯油などが手に入らなくなっていると聞くが、傘下のバス会社の現状は。
答 3社とも燃料の軽油がなくなりかけている。福島と岩手の2社については14日にもなくなる状態だったが、13日に関係各所に働きかけた結果、何とか14日分までは確保できた。
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2011-3-15 0:56
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200年以上続く老舗社長が語る 「陸前高田も会社も無くなりました」(ニュースを斬る)
陸前高田近郊の山から広田湾を望む
津波で壊滅的な打撃を受けた岩手県陸前高田市。この街には、200年以上にわたって醤油や味噌を製造している老舗企業がある。八木澤商店だ。岩手県産の大豆や小麦を使った「生揚醤油」、陸前高田近郊の大豆やコメを使った「おらほの味噌」など、無添加の醤油や味噌で全国に根強いファンがいた。
八木澤商店の8代目社長 河野和義氏
品質に対する評価も高く、2009年の全国醤油品評会では、同社の醤油が日本一に相当する農林水産省の筆頭に選ばれたほど。白壁のなまこ壁と、店構えも創業1807年に相応しいものだった。だが、今回の東日本巨大地震によって、八木澤商店は工場もろとも瓦礫の山と化した。
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2011-3-14 2:18
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第3話「人は人のために生きるものだ。組織のためには生きられない」(あの男の正体(はらわた))
(前回から読む)
弁護士をしていると、いろいろなことに出くわすものだ。なんといっても腹が立つことが圧倒的に多い。仕事が仕事だから当たりまえといえば当たりまえなのだが、そこはそれ、所詮は他人事だ、ということもある。なに、ありていにいえば、他人が困るから弁護士が飯のたねにありつくという面もありはするのだ。皮肉ななりわいだと思わないわけではないし、なんとも嫌な話でもある。しかし、誰でも病気になれば医者が要る。近所に泥棒があらわれたときけば、急に街角に立っている警官がたのもしく思えてくる。人というのはそんなものなのだろう。人生は楽しいことばかりではないのだ。つまるところ、弁護士は人の世に必要なのだ。
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