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ニュース見出し
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2012-3-12 0:00
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金の仏像で究極の節税対策(ニュースを斬る)
金の延べ棒は課税対象だが、仏具に変えれば非課税。この究極の「節税対策」が、貴金属店でブームに。消費税に続き、相続税増税も視野に入る中、資産を金の宗教道具に変える動きが広まるが、税務当局はなす術がないのか。
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2012-3-12 0:00
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HSBCが4年で「日本撤退」を決めた理由(ニュースを斬る)
英大手金融機関HSBCが、日本のリテールビジネスから事実上、撤退することになった。参入からわずか4年、なぜ巨大銀行は日本で敗れ去ったのか。その真因は、個人金融資産1400兆円を多くを保有する高齢層の厚い「慣習の壁」にあった。
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2012-3-12 0:00
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お酒から分かる新興国市場の意外な姿(御立尚資の帰ってきた「経営レンズ箱」)
さて、ワインとブランデー、ウイスキーなどの蒸留酒(スピリッツ)の歴史の違いを述べてきたのは、中国の消費者動向についての大変面白いグラフをご紹介しようと思い立ったからだ。
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2012-3-12 0:00
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東北が胚胎する“新しい日本人”(特集の読みどころ)
あの悪夢から1年が過ぎた。東北の沿岸部はまだ荒野の風景が広がる。だが、一部の町には、新しい「未来」を予感させる動きが芽吹いている。被災地の長くも短い366日を追った。
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2012-3-12 0:00
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陸前高田、八木澤商店はよみがえる(記者の眼)
大津波で工場や土蔵が根こそぎ流された陸前高田市の八木澤商店。だが、1年後に訪れると、思いのほか活気に満ちていた。震災を受け止め、逆境から立ち上がろうとしている八木澤商店の現在を追う。
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2012-3-12 0:00
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陸前高田を「しいたけの街」と呼ばれるように(渡邉美樹 夢を語る経営勉強会)
今回は、1月30日に開かれた「みんなの夢アワード2012」の模様を紹介する。渡邉会長が理事長を務めるNPO法人・みんなの夢をかなえる会が、「みんなをワクワクさせ、みんなが夢をもちたくなるすてきな夢」を表彰する。
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2012-3-12 0:00
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第4回 「避難に勝る防護なし」とはみんな分かっていたはずだ(被災地に通い続ける派遣社員兼画家の描いた1年)
明治の三陸地震で大きな被害を受けた釜石市の小白浜では、高さ12.5mの防潮堤を設けていた。それでも、今回の大津波を防ぎきることはできなかった。
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2012-3-12 0:00
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“荒野の町”に芽吹く漁業と学びの未来(3・11 まだ見ぬ未来へ)
震災で被害を受けた石巻市で、新たな漁業を目指す動きが始まっている。自然を生かし、全国から生徒が集う学び舎構想も進む。未来に開かれた地域を築くことこそ真の復興。震災で巡り会った人々は、地域再生のモデルケースを目指す。
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2012-3-12 0:00
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スマホ前面に事業転換(世界を読む 指標100)
通信各社がスマートフォンの大規模な値引き戦略に出ている。インフラ整備コストの増加懸念もあるが、利益は適正水準へ。スマホブームを周辺ビジネスに波及できるかが問われている。
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2012-3-12 0:00
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トヨタ、営業利益1兆円へ(Movers & Shakers)
自動車株の値動きが好調だ。今年の上昇率は日経平均株価を上回り、市場全体のけん引役になっている。震災やタイの洪水に見舞われた昨年から一転、大増産へと動く。買い戻しの域を越え、業績に裏付けられた上昇へと移行できるだろうか。
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2012-3-9 0:00
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震災を教訓に経営者は失ったものを取り戻せ(改めて問う経営再創造の道筋)
2011年3月11日に起きた東日本大震災──。大津波や原発の事故を誘発し、戦後最悪の被害をもたらした未曾有の巨大複合災害は、バブル崩壊後の日本企業の経営が内包してきたさまざまな問題を表出させた。
その反省から企業は自らのあり方を再考する必要に迫られる。その機運を捉えて日経ビジネスオンラインでは、震災1カ月後からコラム「復興の経営学──ここから始まる経営再創造」を連載し、日本企業が追求すべき新たな経営のあり方を模索してきた。発端となった震災の発生から1年。ここで経営再創造の道筋を改めて問う。
最終回の今回は、自動車や産業機械向けの軸受け(ベアリング)大手、NTNの鈴木泰信会長に持論を聞く。
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2012-3-9 0:00
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震災を教訓に経営者は失ったものを取り戻せ(改めて問う経営再創造の道筋)
今の人々の多くは現実というものを自らの目で見ようとしない。インターネットの発達もあって、ネットを通して得た情報やデータを眺めて、現実を「見た」つもりになっている。
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2012-3-9 0:00
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三陸地方は、国が直轄して復興せよ(宮田秀明の「経営の設計学」)
早いものだ。あの東北の大震災から1年がたった。3月11日には被災地で鎮魂のイベントが行われる。
1周年は1つのケジメにしたい。災害のことはしっかりと記録して後世に伝えなければならない。だが、津波被害の映像を見て過去のことを思うのは、もうやめにしようではないか。その代わりに、被災地がどのような都市に生まれ変わるのか、新しい設計図を議論したい。
東北復興はこれまでの1年間、本当にスピード感がなかった。広く分散した地域が被災したのだから、いたしかたない面もある。しかし、国、県、市町村のプロジェクトマネジメント力が低すぎた。被災した市町村の復興プロジェクトマネジメント力を責めるのは酷だろう。
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2012-3-9 0:00
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三陸地方は、国が直轄して復興せよ(宮田秀明の「経営の設計学」)
三陸地方の復興は事業性が充分でない。よほどの新事業体を組織し、公的な支援を加えないと、採算が悪くて、民間企業が手を挙げないことが予想される。
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2012-3-9 0:00
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東北にはこんなにヒーローがいた!(ニュースを斬る)
東日本大震災直後から東北に行き、ボランティアをしながら復興のドキュメンタリー映画を撮影した米国人がいる。日本のマンガを海外で翻訳出版するTOKYOPOPの創立者であるスチュウ・リービーさんである。
完成した映画『Pray for Japan 〜心をひとつに〜』は、テーマ曲の提供と演奏を奥田民生さんが、詩の朗読を鈴木京香さんがボランティアで担当することになり、北米16都市での公開が決まった。
彼はなぜドキュメンタリー映画を撮ることになったのか。そして、奥田さんら豪華な面々をどうやって巻き込んでいったのか。そこには、日本を愛する米国人が現地で見た、“ヒーロー”たちの活躍があった。
スチュウ・リービーさんが完成させた石巻の復興ドキュメンタリー映画『Pray for Japan 〜心をひとつに〜』では、奥田民生さんがテーマ曲を提供し、鈴木京香さんが詩の朗読を担当するなど、豪華な面々がボランティアで参加しています。
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2012-3-9 0:00
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第3回 職を辞して覚悟を決めた私と失われた駅(被災地に通い続ける派遣社員兼画家の描いた1年)
「あそこに駅があって、私の家はすぐそこにありました」
カンバスを広げていると、背広を着た紳士が通りかかり、そう声をかけていった。被災地の絵を描いている人を見るのは初めてだと言う。
私自身、以前働いていた会社を6月11日付で退職し、被災地の絵を描き続ける活動に本格的に取り組む覚悟を決めた。その直後にこの地を訪れた。
それでも、砂ぼこりがたつ更地に伸びる曲がったレールを見ても、まだ何が起きたのかは理解できなかった。
「消/吉里吉里」(岩手県上閉伊郡大槌町)
今回の震災で沿岸の道路や鉄道は破壊され、多くの集落が陸の孤島となった。
仙台への旅行中に被災した友人は、その惨状を見て東京までの帰路を自転車で帰ろうと思ったという。
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2012-3-9 0:00
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第3回 職を辞して覚悟を決めた私と失われた駅(被災地に通い続ける派遣社員兼画家の描いた1年)
井上ひさし氏の小説「吉里吉里人」の舞台となった岩手県大槌町。職を辞し、覚悟を決めて現地を訪れた筆者に、背広をきた男性が声をかけた。
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2012-3-9 0:00
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「大学合格」「偏差値75」“壊滅の港”の子供たちの奇跡(3・11 まだ見ぬ未来へ)
2月中旬。中学3年の男子生徒から高校合格の連絡を受けて、電話を切った小楠あゆみ(46歳)は安堵のため息をついた。
よかった。
この数カ月、土日返上で南三陸町の子供たちの自習を支えてきた。高校受験を目前に控えた子供たちが、毎日のように小楠の下に通ってくる。正月も子供たちに付きっきりで過ごした。受験直前には手書きの模擬試験を作り、叱咤激励しながら、中学生10数人の受験へのラストスパートを見守った。
正直、プレッシャーは大きかった。だが、蓋を開けてみれば、受験した子供たち全員が隣町の進学校や国立の高等専門学校などに合格した。
「被災地だから」「自分の部屋がないから」「遺族だから」
そんなふうに子供たちが諦めたり、憔悴しきった状態になってはいけない。
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2012-3-9 0:00
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「大学合格」「偏差値75」“壊滅の港”の子供たちの奇跡(3・11 まだ見ぬ未来へ)
行政機能まで壊滅した宮城県南三陸町。1年後の春、この地域の子供たちが高校や大学に次々と合格している。未来を担う子供たちの「教育崩壊」を救ったのは、ボランティアを立ち上げた女性と、超一流大学の学生たちだった。
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2012-3-9 0:00
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「たかが弁当、されど弁当」。どこまで価値を積み増せるか(藤原和博の復興ビジネススクールWEB版)
3.11以降、多くの個人がそうであったように企業の多くもまた、被災地に対して何をすべきか、自分たちが求められている役割は何かについて熱く考え、突き動かされるように動いてきた。
だが、「復興」を巡って、いくつもの問題や課題が浮き彫りになってきたのも事実である。被災地の未来を考えたときに、ビジネスとしてはどんな展開があり得るのか、また行政が障壁になっていて進めないものがあるとすれば、それを打破するビジネスシステムは考えられるか。
その可能性を柔軟に考えてもらおうと、各業界で活躍する若手10名に集まってもらった。業務として被災地支援に深く関わってきた人、東北方面の統括責任者など、背景はさまざまだ。
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