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ニュース見出し
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2009-6-24 1:12
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第40話「会社は上昇基調に乗ってしまえば、凡庸な者にも社長は務まる」(「熱血!会計物語 〜経理部長、団達也が行く」)
◎前回までのあらすじ
ジェピー創業者の未亡人の財部ふみが長らく心臓病を患い闘病中だった。ふみはジェピーの大株主でもあった。
ジェピー社長で、ふみの息子である益男は、アメリカ出張中にふみが危篤に陥ったことを聞き、急遽、帰国した。大手電子部品会社UEPCとの間で、ジェピーに不利な合意書に署名する寸前だった。
ジェピー元専務の間中隆三は、当時の経理部員、沢口萌と共謀して会社のカネを横領したとされ、萌とともに会社を追われていた。間中は益男の従兄弟であり、専務時代は益男の右腕としてジェピーを牛耳っていた。
ジェピー長野工場では、経理部長の団達也のアイデアが功を奏し、工場の4ラインすべてが黒字化。
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2009-6-24 1:12
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【時代のリーダー】北野 隆典・スタンレー電気社長(日経ビジネスが描いた日本経済の40年)
先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。
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2002年10月21日号より
工場改革で実績を上げ、社内の求心力を高めた。
自身が納得するまで突き詰めなければ、どんな決断も下さない。
父とは異なる経営手法で、社員の価値観の共有を目指す。
=文中敬称略(国司田 拓児)
「スーツしか似合わないと思っていた創業家の若旦那が、ナッパ服に着替えて毎日のように工場に現れる。
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2009-6-24 1:12
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「天の声」とは、いったい何を意味するのか(ニュースを斬る)
6月19日に東京地裁で行われた、西松建設前社長らに対する外国為替及び外国貿易法違反及び政治資金規正法違反の事件の第1回公判で、検察側は、西松建設が、社員らを会員にして作っていた政治団体の名義で小沢一郎前民主党代表の資金管理団体「陸山会」への寄附が行われた背景などに関して、詳細な冒頭陳述を行った。
「欠席裁判」に近い西松建設公判での検察側冒頭陳述
この事件では、小沢氏の公設秘書で「陸山会」の会計責任者の大久保隆規氏も逮捕・起訴され、弁護人のコメントなどによれば、政治資金規正法違反の事実を全面的に争う方針とされているが、西松建設側は、株主総会までに事件を早期に収束させて企業として受けるダメージを最小限に抑えたいとの方針から、第1回公判で事実を全面的に認め、即日結審するというスピード審理となった。
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2009-6-23 1:14
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「目の前の仕事に全力を尽くせば、やるべきことは見えてきます」(ジャパネットたかた 高田明の「想いが伝わればものは売れるんです」)
「自分の目標が見つからない」「今、何をやるべきなのか分からない」と思い悩んでいる人は少なくないですよね。私はそんな社員を見つけると、「先のことを思い悩む暇があったら、どんどん行動しなさい!」といつもアドバイスしているんです。
実は、私自身、大きな目標を持ったことがありません。昔から目標を立てるとか、計画的にやるとか、どうも苦手みたいなんですね。それに、世の中の状況はどんどん変化しますから、目の前の仕事を無我夢中でやってきました。
すると不思議なことに、立派な目標やビジョンがなくても、自然と次にやるべきことが見えてくる。そのやるべきことをクリアすると、またその次にやるべきことが見えてきて……。
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2009-6-23 1:14
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民主党が勝ったら、郵便事業は…?(すべては倉庫番が知っている)
次の総選挙で民主党が政権を取ったら、郵便事業が大きな影響を受けるのは必至だ。鳩山由起夫民主党代表は「政権交代の暁には郵政民営化の見直しを真っ先に行う」と公言している。しかし、見直しとは具体的には何を指すのだろうか。
今さら民営化をやめるというのは現実的な選択肢ではない。郵政が2007年10月に株式会社化した時点で民営化自体は既に終わっている。それを再び公社や行政機関に戻すところまで鳩山民主党が覚悟しているとは思えない。
組織改革で「民営化見直し」?
民営化の次のプロセスは、来年度にも予定されている、ゆうちょ銀行・かんぽ生命の上場と、それに続く完全民営化だ。小泉純一郎内閣時代に成立した郵政民営化関連法を改正して、これをひとまず凍結する。
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2009-6-23 1:14
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会社の履歴書【3】東芝(日経ビジネスが描いた日本経済の40年)
バブル崩壊後、日本企業は好むと好まざるとにかかわらず、大きな「変革」を余儀なくされた。金融部門の痛みは、日本企業の成長を支えた間接金融の縮小、株式の持ち合いの解消を迫り、急速に進展したグローバル化は終身雇用、年功序列の終焉をもたらした。その中で問われたのは企業の変革能力である。劇的に変化する外部環境にどう対応し、組織をどう変えていくのか。それに成功した企業もあれば、依然として対応し切れない企業もある。企業が「失われた15年」をどう生きたのか。1991年以降、「日経ビジネス」で取り上げた日本の代表的な企業の記事を「会社の履歴書」として取り上げる。
(文中の肩書き、名称などは掲載当時のままです)
東芝
日立製作所と並ぶ日本の総合電機の雄、東芝。
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2009-6-23 1:14
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わからない部下を率いるための3原則(鈴木義幸のリーダーシップは磨くもの、磨けるもの)
ニューヨークでこの原稿を書いています。
こちらに来た目的は、ニューヨーク日本商工会議所主催の駐在員向けトレーニングプログラムで講演をするためです。演題は、「組織内コミュニケーションとコーチング」。どうすれば日本人以外の部下にも影響力を発揮できる“グローバルリーダー”となれるかというお話です。
今年に入って日本でも2度ほど、グローバルリーダーになるには何が必要かについて、聴衆の前でお話しさせていただきました。いまに始まったことではありませんが、企業のグローバル化が進む中で、リーダーには日本人以外の人もしっかりリードする能力が求められています。
グローバルリーダーにとってどんな素養が必要か考えることは、日本で日本人をリードしているリーダーの方にもきっと役に立つと思います。
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2009-6-23 1:14
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【第8話】危ない会社が犯す3つの過ち(リーダーのための“新”武士道 伝説の外資トップがあなたのメンターになる!)
あれは4年ほど前のこと。証券会社の営業マンの強い薦めで、ある会社の社債を買いました。
買った理由は2つです。1つ目は、何よりも年間の配当が7.375%とかなり魅力的なものだったこと。そしてもう1つは、「世界中のどの会社が破綻することがあっても、この会社だけは絶対に大丈夫だろう」という思い込みがあったためです。
私の大失敗
勘のいい読者諸兄はおそらく、この前振りだけで事の顛末が想像できたと思いますが…その通りです。私にとっては決してバカにならない金額を投じて買った債券は、ここ何週間かでなんと紙クズ同然になってしまいました。何を隠そう、その会社とは米ゼネラル・モーターズ(GM)です。
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2009-6-23 1:14
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過去の記事をもう一度読みたい時、どうしていますか?(30秒で読める日経ビジネスオンライン)
今週担当の大塚です。先日皆さんからいただいた「記事の読み方」で、一番多かったのが「メールマガジンで、面白そうなタイトルの記事をクリックして読む」というものでした。
これは、編集者としてはとてもうれしいことです。なぜなら、いかに皆さんにクリックしていただくか、いつも頭を悩ませながらタイトルをつけているからです。
さて今日も、日経ビジネスオンラインのトップページから記事を探す、いくつかの機能をご紹介しましょう。
その日の最新記事一覧と、先週の目玉記事を読む方法は、前回お話ししました。今日は、過去の記事を探す方法です。トップ画面右の真ん中、赤い枠で囲んだ「■記事を探す」コーナーを使ってみます。
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2009-6-23 1:14
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episode:15「秘密基地をわたしに教えてしまっていいんですか」(第三企画室、出動す 〜ボスはテスタ・ロッサ)
前回までのあらすじ
12年ぶりに大日本鉄鋼に戻った旭山隆児(あさひやまりゅうじ)の新部署、第三企画室の出社禁止期間は終わりに近づいていた。父の遺したGB250クラブマンでツーリングに出かけた風間麻美(かざまあさみ)は港の定食屋で出会ったCB750Fに乗る初老の男、堂本に連絡をとった。彼のいう「ガレージ村」をその目で確かめるためだ。
「すごい!」
風間麻美は思わず声に出した。
堂本から話に聞いていた「ガレージ村」は思った以上に本格的だったのだ。
画像のクリックで拡大表示
「柱は伝統的な木造住宅の様式で組まれている」
堂本はうれしそうな顔で説明をはじめた。
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2009-6-23 1:14
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【時代のリーダー】永山 治・中外製薬社長(日経ビジネスが描いた日本経済の40年)
先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。
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2002年9月9日号より
創業家の娘婿だが、育ちの良さから「製薬業界のプリンス」と呼ばれる。
スイス大手製薬会社ロシュの傘下入りという大きな賭けに打って出た。
かつて外資との合併を成し遂げた亡き父の姿を追う挑戦にも見える。
=文中敬称略(久川 桃子)
製薬業界国内10位の中外製薬が今年10月、5位メーカーとして生まれ変わる。
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2009-6-23 1:14
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“世界の工場の総務部長”が見た金融危機の現場(ニュースを斬る)
輸出メーカーの工場が林立し「世界の工場」と呼ばれる中国南部の珠江デルタ地区。その真ん中にある広東省東莞市は、金融危機による世界的な景気後退の衝撃をまともに受けた。東莞の地名は知らなくても、閉鎖された工場や故郷に帰る出稼ぎ労働者のニュース映像を覚えている読者は多いだろう。
世界景気に底打ちの兆しが見え始めた今、「世界の工場」はどうなっているのだろうか。東莞市副市長の江凌氏は、1990年代初期から外資企業の誘致や投資環境整備の現場を奔走し、珠江デルタの裏表を知り尽くしている。いわば“世界の工場の総務部長”と言える人物だ。
江氏の目に、金融危機の現場はどう映ったのか。珠江デルタの現状と将来を聞いた。
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2009-6-23 1:14
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“地味”な新型iPhoneが示したアップルのすごさ(ニュースを斬る)
6月19日(米国時間)、新型の多機能携帯電話「iPhone 3G S」が北米や欧州などで発売された。先代から約1年ぶり、初代から数えて3代目となる新機種である。
iPhoneの発売と言えば、IT(情報技術)業界にとって最も大きなお祭りごと。昨年7月の「iPhone 3G」の発売時は、世界各国で徹夜の行列が見られ、真っ先にiPhoneを手に入れた若者はテレビカメラの前で狂喜乱舞した。
しかし、今回は地味だ。米ニューヨークのマンハッタンにあるアップルストアの旗艦店で、前日から並んだ若者は数十人ほど。19日朝には100人程度に膨れたものの、1週間前から行列ができ、数百人が並んだ前回に比べればおとなしい。
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2009-6-22 2:18
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会社の履歴書【3】東芝(日経ビジネスが描いた日本経済の40年)
バブル崩壊後、日本企業は好むと好まざるとにかかわらず、大きな「変革」を余儀なくされた。金融部門の痛みは、日本企業の成長を支えた間接金融の縮小、株式の持ち合いの解消を迫り、急速に進展したグローバル化は終身雇用、年功序列の終焉をもたらした。その中で問われたのは企業の変革能力である。劇的に変化する外部環境にどう対応し、組織をどう変えていくのか。それに成功した企業もあれば、依然として対応し切れない企業もある。企業が「失われた15年」をどう生きたのか。1991年以降、「日経ビジネス」で取り上げた日本の代表的な企業の記事を「会社の履歴書」として取り上げる。
(文中の肩書き、名称などは掲載当時のままです)
東芝
日立製作所と並ぶ日本の総合電機の雄、東芝。
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2009-6-22 2:18
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CFOはチェンジリーダーである(危機の中で明日を拓く CFO“新論”)
(前回から読む)
今回はこのシリーズの最終回です。これまで、この連載の中で述べてきたCFOの役割を一言で要約すると、それは「CFOはチェンジリーダーである」ということです。従来のやり方にとらわれず、また、帳簿や金庫の番人としてただ守りに入るのではなく、株主価値を長期にわたり継続的に向上させるために、常に自らを日々新たにしなければなりません。そして、財務機能に集う人材を通じて成果を上げねばならないのです。
それでは、この金融・経済に吹き荒れている嵐の中で、CFOは、どうあらねばならないのか、これが最終回のテーマです。
晴れ上がった時に全力疾走できるようにする
6月初旬、ロシアのサンクトペテルブルクで、ダボス会議のミニ版のような経済フォーラムがありました。
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2009-6-22 2:18
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ご存じですか? 記事をすばやく探す方法(30秒で読める日経ビジネスオンライン)
お早うございます。今週ナビゲーターを務めさせていただく、大塚です。
先週担当の山中から、日経ビジネスオンラインの記事の読み方についてお聞きしたところ、たくさんのコメントをいただきました。ありがとうございます。早速拝読しました。ご意見を参考にさせていただき、このサイトのコンテンツや使い勝手を向上させていきたいと思っております。
さて、皆さんのコメントで多かったのは「記事が探しにくい」というご意見でした。そこで今週は、日経ビジネスオンラインで最新記事や読みたい記事を探すための様々な機能を、順にご紹介したいと思います。「それ、知ってます」「既に使っていますよ」という方もおいでかと思いますが、少しの間おつき合いください。
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2009-6-22 2:18
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【時代のリーダー】佐治 信忠・サントリー会長兼社長(日経ビジネスが描いた日本経済の40年)
先行きが見通しにくい2009年。困難な時代には新しいリーダー像が生まれるはずだ。これまでも企業経営や政治に新しい時代を切り開いたリーダーがいた。そんな時代のリーダーを日経ビジネスが描いた当時の記事で振り返る。
(注)記事中の役職、略歴は掲載当時のものです。
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2002年6月10日号より
2世の気負いと無縁な「ヒゲのジュニア」は、あくまで自然体。
自らの進路を、常にサントリーの将来像と重ね合わせてきた。
独自の嗅覚でかぎ取った国際化と多角化の課題実現へ、今攻め込む。
=文中敬称略(田中 成省)
「やってみなはれ」。サントリーの起業家精神を象徴する言葉としてあまりにも有名だ。
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2009-6-20 1:31
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不況下でも利益を2倍にする売り方(需要蒸発に勝つ価格戦略)
深刻な不況の中、多くの小売りが商品の大幅な値下げや特売に走っている。それらの同業者と一線を画し、価格の高い商品を取り揃えて業績を伸ばしているスーパーがある。東京都や神奈川県、大阪府などの都市部に59店舗を展開する食料品専門スーパーの「成城石井」だ。
リーマンショック後も業績を拡大
成城石井の横浜ランドマーク店。レジの前に、来店客に売り込みたい「重点商品」が並ぶ(写真:陶山 勉)
同社の単体の経常利益は、2006年12月期に5億3700万円と、前期から半減した。しかし、そこから業績をV字回復させた。2008年9月のリーマンショックで需要が急激に落ち込んだ後も、成長軌道を維持している。
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2009-6-20 1:31
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多様性の世紀におけるリーダー像(渋澤 健の資本主義と道徳)
ちょうど100年前、渋沢栄一を団長とする「渡米実業団」が太平洋を渡りました。日露戦争で勝利した日本は新しい時代に入りましたが、その存在を「脅威」とする不信感も西欧では少なくありませんでした。
その時、お互いの国家社会の繁栄は、保護貿易の壁などで隔離するのではなく、自由な共生であるという信念を持った、両国の良識ある民間人が立ち上がりました。
It was the summer of 1909. Somewhere in the Pacific Ocean, after his evening meal onboard the “Minnesota,” Eiichi Shibusawa stepped out on the deck. The evening ocean breeze was much cooler, relieved from the scorching sun during the day. He gazed towards the night sky and recognized the North Star. The same star was in the same place above the horizon, when he first traveled to America 7 years ago.
This time, the group was much larger. Business executives from Tokyo, Yokohama, Kyoto, Osaka, and Kobe (Nagoya would join later), some wives and younger assistants. In all, 51 private sector Japanese citizens would spend the next three months traveling from Seattle to Washington, then back to San Francisco and Hawaii, in all, visiting 53 cities. This was the largest Japanese private sector business mission to the US at the time, and they met with distinguished Americans such as President William Taft and inventor Thomas Edison.
These were days soon after the Russo-Japanese War, and there were some uneasiness in the US of a rising power on the other side of the Pacific. However, rather than raising walls of protectionism based on fear and mistrust, insightful private sector people on both sides of the Pacific saw the merits of establishing a closer relationship between the rising economies of the 20th century.
19世紀までは欧州の時代でしたが、20世紀はアメリカの時代だと栄一は読んでいたのでしょう。
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2009-6-19 1:22
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会社の履歴書【3】東芝(日経ビジネスが描いた日本経済の40年)
バブル崩壊後、日本企業は好むと好まざるとにかかわらず、大きな「変革」を余儀なくされた。金融部門の痛みは、日本企業の成長を支えた間接金融の縮小、株式の持ち合いの解消を迫り、急速に進展したグローバル化は終身雇用、年功序列の終焉をもたらした。その中で問われたのは企業の変革能力である。劇的に変化する外部環境にどう対応し、組織をどう変えていくのか。それに成功した企業もあれば、依然として対応し切れない企業もある。企業が「失われた15年」をどう生きたのか。1991年以降、「日経ビジネス」で取り上げた日本の代表的な企業の記事を「会社の履歴書」として取り上げる。
(文中の肩書き、名称などは掲載当時のままです)
東芝
日立製作所と並ぶ日本の総合電機の雄、東芝。
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