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日比谷公会堂、ベトナムから世界に伝えたメッセージ(報道写真が写した激変する世界ピュリツァー賞受賞作が伝えたもの)
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- 第1回ではピュリツァー賞写真部門の歴史を簡単にご紹介しました。 第2回では日本人とのかかわりをご紹介します。 70年の歴史を持つピュリツァー賞写真部門では、日本人受賞者が3人います。それぞれの作品を受賞順に見てみましょう。 決定的瞬間をとらえた初の日本人受賞者 1960年10月12日、日比谷公会堂では日米安全保障条約をめぐって、各政党党首による演説会が開かれることになっていました。社会党書記長の浅沼稲次郎は最初の登壇者でした。会場にいた毎日新聞のカメラマン長尾靖(ながお・やすし)は、人ごみを縫って前へ進み、場所を確保します。スピード・グラフィックに12枚撮りのフィルムパックを装填し、全体写真、クローズアップ、政党関係者など11枚を撮りおえ、フィルムは残り1枚となりました。
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