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思い出は「入院」。引っ込み思案になった(製造業の英才教育)
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- 「そんな名前を聞いたことがある大学を受験するなんて。あなた、夢見てるんじゃないの?」 高校時代は勉強に明け暮れた、エルステッドインターナショナル(神奈川県川崎市)の社長である永守知博。そんな息子の高校生活を知ってか知らずか、母は言った。精密小型モーターで世界トップシェアを築き上げた日本電産社長である永守重信の妻である。 「だって、『C判定』って出てるし・・・」 永守自身は、大学の名前には全くこだわりがなかった。単純に模試で合否判定の境とも言えるC判定そしてB判定が出たギリギリのところを、次々に受験していた。 自分の希望と父の勧めが合致した電気科 進路は小学生の頃から自分の将来像としてイメージしていたエンジニアを意識、父の勧めもあって、将来でも“潰しがききそうな”電気科のある学部を選んだ。
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