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“つぶやく”だけで漱石も一葉も読めなくていいの?(明治の男に学ぶ中国古典)
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- 筆者はその昔、書店の現場で10年ほど働いていました。そのとき店頭でもう20年ほど前になりますが大学生であろう女性から、こんな問い合わせを受けたことがあります。 「樋口一葉の『たけくらべ』の翻訳ってないですか」 「え、樋口一葉は古文じゃなくて、普通の日本語だったよな」と内心思いつつ出版の有無を確認して、 「申し訳ありません、原文のものしか出ていないようです」 と答えると、その女性は残念そうに帰っていきました。 今から思い返せば筆者は、時代の重要な転換点を、このときに見逃していたのかもしれません。つまり、この頃から日本人は「古文や漢文が読めない」から「古文調や漢文調がきつい文章も読めない」に移行しつつあったということです。
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