計画経済(けいかく けいざい)とは
|
共産主義思想 マルクス主義 レーニン主義 スターリン主義 トロツキー主義 毛沢東思想 ユーロコミュニズム 国際組織 コミンテルン コミンフォルム 第四インターナショナル 主な社会主義国 ソ連 中国 ユーゴスラビア 人物 マルクス エンゲルス レーニン トロツキー スターリン 毛沢東 出来事 ロシア革命 大粛清 スターリン批判 ハンガリー動乱 中ソ対立 文化大革命 プラハの春 天安門事件 東欧革命 ソ連崩壊 |
| 表・話・編・歴 |
計画経済(けいかく けいざい、英語:Planned economy)とは、経済の資源配分を市場の価格調整メカニズムに任せるのではなく、国家によって物財バランスに基づいて計画的に配分する体制。対立概念は市場経済。
生産・分配・流通・金融を国家が統制し、経済を運営する。原則的に全ての生産手段が公有とされる。主に社会主義国の経済体制であり、現在、純粋にこれを採用する国は少ない。 より細かい分類として、
- ソ連などにおける「指令型(行政的)」
- ハンガリーなどにおける「誘導型(または規制された)」
- ユーゴスラビアにおける「自主管理社会主義」
に分類が可能である。
目次
|
歴史
計画の機能を初めて本格的に取り上げたのは、『反デューリング論』や『空想から科学へ』を著したフリードリヒ・エンゲルスである。
計画経済の原型はスターリンによる第一次五カ年計画期ソ連だった。複雑極まりない経済動態を当局者(ソ連ではゴスプランと呼ばれた)が完全に把握し、需給を調整したりするのは極めて難しく、コンピュータを用いてこれを解決しようという試みもあった(社会主義経済計算論争)。また計画経済システムの内在的な欠陥を市場メカニズムの導入により解決しようという試みがコスイギン改革やハンガリーにおいて進められたが、結果的に失敗した。
しかし、当時は世界恐慌の影響を全く受けず非常に高い経済成長を達成したため、世界各国が大きな影響を受けた。特に枢軸国への影響は顕著だった。例えば、
- 満州国は、産業開発五カ年計画などを採用した(満州国の経済を参照)。
- 大日本帝国も、企画院事件などで不発に終わったものもあったが、官僚はソ連の計画経済に感化されていた(戦前日本の経済を参照)。
- ナチス・ドイツでは、私有財産権は保護されたものの、四カ年計画が作成された(ナチス・ドイツの経済を参照)。
- イタリア王国は、第二次世界大戦が勃発する1939年まで国有企業の占める割合がソ連に次いで最も高く[1]、事実上ソ連の計画経済とほとんど変わらなかった。
戦後も韓国や(朴正煕政権下の大韓民国の経済を参照)、マレーシアなど開発独裁下の東南アジアで五カ年計画が採用された。しかし、もともとその運用はソ連や東欧諸国に比べて弛緩していたため、皮肉にも経済改革(市場経済化)がスムーズに実行できる要因となった。特に中華人民共和国では毛沢東時代から既に経済の分権化が進んでいたと指摘される。
現在でも中華人民共和国では「五ヵ年計画」という言葉が使われており、当局が予め目標を定めて経済をそれに誘導しようと試みるものの、価格設定など仔細な点まで立ち入らず、目標にも固執せず柔軟に対応している。したがって後者に近いと考えられるが、「社会主義市場経済」という言葉が用いられる。なお、「計画」という言葉から、中国語ではより自由なニュアンスのある「規画」という言葉に変わる予定である。
脚注
参考文献
Jose Harris(柏野健三訳)『ウィリアム ベヴァリッジ その生涯(中)』ふくろう出版、1997年
関連項目
- 戦時共産主義
- アレクセイ・スタハノフ
- サイバーシン計画
- 市場経済
計画経済の書籍検索結果
|
不動産市場の経済分析―情報・税制・都市計画と地価 (シリーズ・現代経済研究) 日経文庫A2 経済指標の読み方(下) (日経文庫) 「計画化」と「民主化」 (日本経済史) 企業再生のための経営改善計画の立て方 経済開発論―インドの構造調整計画とグローバリゼーション (Sekaishiso seminar) |
|
