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全体主義体制
全体主義体制(ぜんたいしゅぎたいせい)は、政治体制の一つであり、動員体制の一つ。
世界観と達成されるべき目的をもった何かしらのイデオロギーを公式理念とし、それを核として支配領域内で全ての人的・物的資源を動員しようとする性向をもつ。 「全体主義」という語そのものは元来はファシズムを批判するものだったが、ハンナ・アーレントの議論に加えて、第二次世界大戦後、アメリカを中心にソ連をナチドイツと並べるべき全体主義であるという議論が出たことから、政治体制の分類としても全体主義体制の規定が議論されはじめた。 全体主義の定義と全体主義体制のモデル規定は時代状況の進展と研究の発展を反映して論者によって異なっている。
目次
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フリードリヒ&ブレジンスキー説
C.J.フリードリヒとZ.K.ブレジンスキーは「全体主義」を定式化し「6点症候群」として以下の特徴をあげた(Friedrich & Brzezinski 1956: pp.9-10.)。
シャピロ説
シャピロは、(1)ナチ支配期のドイツ、(2)ファシスト支配期のイタリア、(3)スターリン期のソ連の3つを全体主義体制の「原型体制」とまず規定し、体制の特徴と、体制を維持する道具とに分けて抽出することで、全体主義を定義している。
リンス説
フアン・リンス(Juan Linz)は全体主義体制を(1)イデオロギー(2)動員組織(3)権力集中の3つの次元で説明している(Linz 1975=高橋訳27-28頁)。
この説明法は、全体主義体制を他の政治体制といかに区別するかに力点をおいた方法であり、単に特徴を抽出したものではない。リンスは全体主義体制を定義するにあたって、全体主義体制における特定イデオロギーの強調・イデオロギーへの傾倒を重視しており、全体主義体制とは「イデオロギー支配政体」(ideocracies)または「理念支配政体」(logocracies)と考えられるかも知れないと考えている(Linz 1975:p.196)。ゆえに全体主義体制においては、公式のイデオロギーが実際的な政策形成などによって内容を変化させられてしまったり、公式のイデオロギーと対立する理念や政策が作り出されてしまったときに、全体主義体制から乖離するような変化に至ると考えられている。
参考文献
- Friedrich & Brzezinski 1956: Carl J. Friedrich and Zbigniew K. Brzezinski, Totalitarian Dictatorship and Autocracy (Cambridge: Harvard University Press, 1961).
- Linz 1975: Juan J. Linz, Totalitarian and Authoritarian Regimes, in F. Greenstein and N. Polsby, eds., Handbook of Political Science (Menlo Park et al.: Addison-Wesley, 1975), vol.3, pp.175-411 ; 高橋進 監訳『全体主義体制と権威主義体制』(法律文化社、1995年)。
関連項目
- 権威主義体制
- ポスト全体主義体制
- スルタン主義体制
- 民主主義体制
全体主義体制の書籍検索結果
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全体主義体制と権威主義体制 ロシア革命の神話―なぜ全体主義体制が生まれたか (自由選書) イタリア・ファシズム体制の思想と構造 ファシズム期の国家と社会 4 (4) 一国社会主義全体主義 (1958年) (ソヴエト体制批判文庫〈第6集〉) |
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