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ラリー・エリソン

ラリー・エリソン
ラリー・エリソン

ローレンス・ジョセフ・エリソン(Lawrence Joseph Ellison、1944年8月17日 - )は、大手データベースソフト企業オラクル・コーポレーションの共同設立者であり、CEOである。親日家としても知られている[1][2][3]。

目次

  • 1 学生時代まで
  • 2 経歴
  • 3 資産
    • 3.1 ヨット
    • 3.2 自家用ジェット機
    • 3.3 自宅
    • 3.4 スポーツ
  • 4 参考文献
  • 5 外部リンク
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学生時代まで

エリソンは、ニューヨークで生まれた。母親(Florence Spellman)は19歳の未婚の母であり、9ヶ月の息子を遠い親戚に養子に出したのである。リリアン・エリソンとルイス・エリソンが彼を引き取った。2LDKのアパートはシカゴの中の下クラスのユダヤ人の多い地区にあった。後にエリソンは、母は愛情深かったが、父は非常に厳しかったと述べている。高校時代、彼は利口だが無愛想な生徒だった。15歳ころから5年におよぶ恋愛を経験し、失恋した。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校に二年生まで通っていたが、リリアンの死後まもなく退学。カリフォルニア州北部で夏を過ごした後、シカゴ大学で学ぶために実家に戻ったものの、三ヶ月でやめた。大学卒の資格を得ようとする努力をやめると、彼はカリフォルニアに移っていった。

経歴

1970年代、エリソンはアンペックス社で働いた。彼の関わったプロジェクトのひとつにCIA向けデータベース開発があり、彼はそれに「オラクル (Oracle)」と名づけた。

エリソンはエドガー・F・コッドのリレーショナルデータベースシステムに関する論文 A Relational Model of Data for Large Shared Data Banks に触発され、1977年、自己資金 2000ドルでオラクル社を設立した。当初の名称は Software Development Laboratories(SDL)である。1979年、Relational Software Inc.に改称し、主要製品 Oracle Database を出荷後は Oracle に改称した。彼はIBMのSystem Rデータベースがコッドの理論に基づいたものであると聞き、Oracle もこれと互換性のある製品にしたかったのだが、IBMはエラーコードを秘密にすることによって互換製品が出てくるのを防いでいた。Oracle の最初の製品は Oracle 2 であり、Oracle 1 は存在しない。このリリース番号は、それ以前のバージョンのバグが全て解決されていることを暗示しようとして付けられた。

1990年、オラクル社は資金繰り悪化のため全従業員の50%を解雇した。オラクル社は販売部門の戦略によってこの倒産の危機を回避した。一度に大量のソフトウェア製品を購入した顧客に対して奨励金を支払ったのである。しかし、納入されたソフトウェアは動作せず、未発売のソフトウェア(vapor ware)はまだ存在していなかったのである。オラクル社はこの戦略のせいで二回に及ぶ収支報告の再提示をすることとなり、財務諸表の不備によって起こされた集団訴訟を解決しなければならなくなった。ラリー・エリソンは後に、彼の会社は「信じられないビジネス上の誤り」を犯したと述べている。

そのころ、オラクル社は技術的にサイベース社に後れを取った。1990年から1993年、サイベース社はデータベース業界で最も成長が著しく、最も信頼されていた。しかし、サイベース社は1993年、データベース技術とは無関係の PowerSoft と合併してしまう。この合併によってデータベースは数ある製品のひとつとなってしまい、競争力を失っていった。

1994年、サイベース社に代わってインフォミックス社がオラクル社のライバルとして台頭してきた。インフォミックス社のCEO フィル・ホワイトとラリー・エリソンの熾烈な争いは三年間もシリコンバレーのトップニュースとなった。最終的にオラクル社がインフォミックス社を打ち破ったのは1997年である。また、同じ年にアップルコンピュータにスティーブ・ジョブズが戻ると、エリソンも同社の取締役会に呼ばれるようになった。エリソンは2002年にアップルの取締役会に出席する時間がないとして取締役を辞任。2005年11月、オラクルとインフォミックスの争いについての本が出版された。The Real Story of Informix Software and Phil White はインフォミックスとオラクルの戦いの詳細な年代記であり、なぜフィル・ホワイトが刑務所に入る羽目に陥ったのかが書かれている。

インフォミックスとサイベースを打ち破ったことで、オラクル社は市場での優位を謳歌した。しかし1990年代終盤になるとマイクロソフトのSQL Serverが台頭して来た。また、IBM は2000年にインフォミックス社を買収し、DB2 の補助製品を得ることとなった。

エリソンはフォーブス誌によるとアメリカの億万長者の一人とされている。2005年、フォーブスによれば、彼の総資産は184億ドルで世界9位の富豪であった。2000年の一時期、エリソンは世界一の富豪であった。インタビューでエリソンが語ったことによると、実際に自由になる現金資産は20億ドルで、大部分はオラクル社の株式が資産となっていて、これを自由に使おうとすれば株価が暴落するだろうとのことである。エリソンに関する本 The Difference Between God and Larry Ellison: Inside Oracle Corporation も出版されている。

エリソンは2003年12月18日、恋愛小説家メラニー・クラフトと結婚した。結婚式では友人のスティーブ・ジョブズがカメラマンを務めた。エリソンにとっては四度目の結婚である。前妻との間に一人の息子と一人の娘をもうけている。

資産

ヨット

エリソンはヨット好きであることでも有名である。

1998年には、自身の所有する78ft(23.4m)ヨット「Sayonara」号に自ら乗り込んで、外洋ヨットレースである Sydney to Hobart Yacht Race へ出場し、見事に優勝を遂げた。 しかし、このレースは台風に襲われ非常に大荒れのコンディションとなり、6名が死亡する事態となった。幸い「Sayonara」号から死者は出なかったが、荒天の下4名の骨折者を出すなどした結果、これ以降エリソンは海洋レースに参加することをとりやめた。

続いてエリソンは、ヨットレースの最高峰であるアメリカスカップへの挑戦を開始した。 まず2003年の第31回大会にOracle BMW Racingを結成して出場。アメリカスカップへの挑戦者を決定するルイヴィトンカップの決勝まで勝ち進んだが、ここで敗退した。続く2007年の第32回大会には BMW Oracle Racing(BMW からの出資が増えたため改称)を率いて挑戦したが、同じくルイヴィトンカップの準決勝で敗退したため、現在のところアメリカスカップの奪取には至っていない。

またエリソンは、世界第四位(2004年現在)の大きさのヨット「Rising Sun」号も所有している。このヨットは全長452.75ft(138m)であり、建設費用は2億ドル以上と言われている。ちなみに、世界最大のヨットはサウジアラビア王族が所有する「Prince Abdul Aziz」号で、全長 147.1m である。

自家用ジェット機

エリソンは彼のジェット機の騒音についてノーマン・Y・ミネタ・サンノゼ国際空港と何回か口論している。サンノゼ当局は75,000ポンド(34トン)以上の重量の飛行機での深夜の離着陸を制限しており、エリソンは何回か召喚状を受け取っている。2001年、彼はこの法律についての権利放棄証書を与えられた。

自宅

エリソンはカリフォルニア州ウッドサイド(Woodside)の2億ドルの土地に人造湖と耐震補強された日本建築の家を完成させた。2004年と2005年には、マリブ(Malibu)に12件以上の不動産を購入した(総額1億8000万ドル以上)。Jeffrey Bellamar によれば、エリソンがマリブの Carbon Beach に5区画ぶち抜きで建てた家(6500万ドル)は全米史上最も大きな個人宅だったが、後に Ron Perelman に抜かれている。

スポーツ

エリソンは、プロスポーツチームを購入しようとしたことがある。ゴールデンステート・ウォリアーズとサンフランシスコ・フォーティナイナーズを買収しようとして、どちらも拒絶された。現在はロサンゼルスにフランチャイズする新たなNFLのチームを作ろうとしている。

参考文献

  • ^ オラクルの円柱 シリコンバレー見聞録(土屋直)
  • ^ 日本を晴れ舞台に選んだOracle NC 後藤弘茂のWeekly海外ニュース
  • ^ ちえの和WEBページ:コンピュータ偉人伝ラリー・エリソン
  • 外部リンク

    いずれも英文

    • Oracle Official Site
    • Larry Ellison Oracle executive biography
    • The Ellison Medical Foundation.
    • Rising Sun shipyard
    • Rising Sun ラリー・エリソンの持つヨットの写真
    変更履歴
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