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マルクス主義

マルクス主義(マルクスしゅぎ、独: Marxismus)とは、カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスによって展開された思想をベースとして確立された思想体系の名称である。

エンゲルスは1883年に『空想から科学への社会主義の発展』を出版し、彼やマルクスの思想を社会主義思想、唯物論、資本主義分析の三つの分野に分けて解説した上で、唯物史観と剰余価値説によって社会主義は科学となった、と宣言した。これ以来、マルクス主義は科学的社会主義とも呼ばれるようになった。レーニンは1913年に「マルクス主義の三つの源泉と三つの構成部分」を書き、ドイツ哲学、イギリス経済学、フランス社会主義をマルクス主義の三つの源泉とした。

共産主義
共産主義のシンボル“鎚と鎌”

共産主義思想 マルクス主義 レーニン主義 スターリン主義 トロツキー主義 毛沢東思想 ユーロコミュニズム

国際組織 コミンテルン コミンフォルム 第四インターナショナル

主な社会主義国 ソ連 中国 ユーゴスラビア

人物 マルクス エンゲルス レーニン トロツキー スターリン 毛沢東

出来事 ロシア革命 大粛清 スターリン批判 ハンガリー動乱 中ソ対立 文化大革命 プラハの春 天安門事件 東欧革命 ソ連崩壊

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目次

  • 1 マルクス、エンゲルスの思想
    • 1.1 共産主義
    • 1.2 唯物論的歴史観(唯物史観)
    • 1.3 経済学
  • 2 歴史的展開
    • 2.1 マルクス主義中央派(カウツキー主義)
    • 2.2 修正主義(ベルンシュタイン主義)
    • 2.3 レーニン主義
    • 2.4 西欧における「マルクス・ルネッサンス」
  • 3 マルクス主義に対する批判
    • 3.1 唯物史観批判
    • 3.2 マルクス経済学批判
    • 3.3 共産主義体制批判
    • 3.4 弁証法的唯物論批判
    • 3.5 前衛主義批判
    • 3.6 科学哲学からの批判
    • 3.7 その他の批判
  • 4 脚注
  • 5 参考文献
  • 6 関連項目
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マルクス、エンゲルスの思想

共産主義

マルクスとエンゲルスは、1847年に設立された共産主義者同盟の綱領の起草を委託され、1848年に『共産党宣言』を書いた。人類の歴史を階級闘争の歴史とし、近代社会をブルジョアジーとプロレタリアートの対立によって特徴づけた上で、プロレタリアートによる政治権力の奪取を呼びかけた。政治権力を奪取することで民主主義を実現し、生産手段を社会化することによって階級闘争の歴史を終わらせれば、階級支配のための政治権力も死滅する、と論じた。

マルクスは1864年に設立された国際労働者協会の創立宣言を書いた。1871年にフランスでパリ・コンミューンが成立すると、国際労働者協会総評議会の全協会員への呼びかけとして『フランスの内乱』を書き、パリ・コンミューンを「本質的に労働者階級の政府であり、横領者階級にたいする生産者階級の闘争の所産であり、労働の経済的解放をなしとげるための、ついに発見された政治形態であった」と称賛した。エンゲルスは1891年に発行されたこの著作のドイツ語第三版の序文で、パリ・コンミューンをプロレタリアート独裁の実例とした。

ドイツの労働者政党の綱領草案に対する批判として1875年に書かれた『ゴータ綱領批判』において、マルクスは共産主義社会を分配の原則から低い段階と高い段階に区別し、低い段階では労働力の質が残るとして「能力に応じて働き、労働に応じて受け取る」、高い段階では「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」という基準が実現するという見解を述べた。また、資本主義社会から社会主義社会への過渡期における国家をプロレタリアート独裁とした。

唯物論的歴史観(唯物史観)

マルクスはヘーゲル左派として出発し、1840年代に起こったヘーゲル左派の内部論争の過程でヘーゲルの観念論やフォイエルバッハの唯物論を批判しつつ独自の唯物論的歴史観を形成した。法律や国家の基礎にあるのは経済だとする見方であり、以後彼は経済学の研究に集中することになった。その成果となった1859年発行の『経済学批判』の序文において、彼は唯物論的歴史観を一般的に次のように説明した。

  • 生産力の発展に対応する生産関係が社会の土台である。
  • この土台の上に法律的・政治的上部構造が立つ。土台が上部構造を制約する。
  • 生産力が発展すると古い生産関係は桎梏(しっこく)に変わる。そこで社会革命が始まり、上部構造が変革される。
  • 生産関係の歴史的段階にはアジア的、古代的、封建的、近代ブルジョア的生産関係がある。
  • 近代ブルジョア的生産関係は最後の敵対的生産関係である。その終わりとともに人間社会の前史も終わる。
  • ここで書かれたものが一般に唯物史観の公式と呼ばれる。

    経済学

    マルクスの経済学研究は『資本論』として結実した。1867年に第一巻が出版され、1873年に第一巻第二版が出版された。マルクスの死後、エンゲルスが草稿を編集して第二巻と第三巻を出版した。

    マルクスはスミスやリカードの労働価値説を発展させて剰余価値説をうちたて、これによって資本家による労働者の搾取を解明した。彼によれば、資本家は労働者が提供する労働力に対して賃金を支払い、支払った分を超える価値を生み出すよう労働させることによって、超過分を剰余価値として取得する。この剰余価値が資本の利潤となる。土地所有者が土地に対して得る地代、銀行が貸し付けた資金に対して得る利子は、この剰余価値または利潤の一部である。

    剰余価値説に基づく資本主義経済の運動法則の解明は、労働者階級の解放、階級の廃止という共産主義の理想に理論的根拠を与えることになった。

    歴史的展開

    その運動は19世紀末から徐々に分岐し、大まかに言って次の三つの潮流を生み出した。

    マルクス主義中央派(カウツキー主義)

    エンゲルス死去後、実質的にその後継者に座ったのが、カール・カウツキーである。カウツキーは、ベルンシュタインとの「修正主義論争」の過程で、マルクス、エンゲルスの教義を忠実に守り抜く姿勢をとり続け、「マルクス主義の法皇」と呼ばれた。だが、社会主義への移行を、「歴史的必然」と確信し、その好機到来をひたすら待ち続ける姿勢が次第に「待機主義」に陥ったこと、第一次世界大戦勃発時、独社民党が戦争協力に転じた「裏切り」、ロシア革命におけるボルシェヴィキの独裁を民主主義の破壊として非難したことなどでその威信は失墜していった。

    修正主義(ベルンシュタイン主義)

    ベルンシュタインは修正主義を唱え、議会制民主主義と段階的な社会改良による社会主義への平和的・連続的な移行を説くようになる。この主張は、提唱当時は激しい論争の末に異端として退けられた形となったが、20世紀の資本主義は、ケインズ政策導入が標準になって後、大方のマルクス主義者の予想をはるかに超えた変貌を遂げ、福祉政策や労働政策等により労働者階級の要求を実現することが難しいことでなくなっていったため、カウツキー主義の系譜の政党が改良路線を取るようになっただけでなく、レーニン主義(後述)から出発した政党も、その色合いは異にするものの、先進資本主義諸国において現実の政治での戦略上、暴力革命とプロレタリア独裁による社会主義への移行は放棄せざるを得ず、イタリア共産党を始めとするユーロコミュニズムを端緒として平和革命路線をとるようになり、ソ連・東側諸国圏の崩壊後多くの政党は平和革命路線をも放棄しさらにベルンシュタイン流のあるいはそれ以上の改良主義的な立場に移行している。

    レーニン主義

    一方、レーニンによるロシア革命は、資本主義の発達が最も遅れた地域における革命であった。レーニンはロシアにおける社会主義建設について、「何世代にもわたる困難な仕事」とし、試行錯誤のうえ、外国資本を導入し、ソビエト経済を全体として発展させるという「新経済政策」(ネップ)を実行した。しかし、レーニンは、経済建設が端緒にとりかかったところで死去してしまった。レーニンが、党書記長に登用しながら最晩年にはそこからの解任を図った(いわゆる「レーニン最後の闘争」)スターリンは、レーニン死後の権力闘争の過程で反対者を次々と弾圧する一方、苛烈な農業集団化や計画経済体制への移行を通じて、人類最初の社会主義国家建設に成功したと喧伝した。スターリンは、レーニンによって、マルクスの思想の唯一、真正な継承発展がなされたと主張し、マルクス・レーニン主義と呼んだ。

    1930年代に目覚ましい経済発展を遂げたと伝えられたこと、第二次世界大戦において強大なナチス・ドイツとの戦争に勝ち抜いたことなどで、ソビエト連邦及びスターリンの政治的威信は増大し、アジア・東欧・アフリカ・カリブ海域において、多くの「社会主義国」が生まれた。しかし、1970年代に入り経済発展の面で西側先進国からの立ち遅れが顕著になったこと、政治的な抑圧体制も広く知られることとなり次第にその権威は失墜、1991年のソビエト連邦崩壊に前後して、そのほとんどは姿を消した。国家自体は維持したまま社会主義体制を放棄したケースもあれば、社会主義体制放棄とともに複数の新たな国家に分裂したケース(旧ユーゴスラビアなど)や、近隣の資本主義国に吸収統合される形で国家ごと消滅したケース(旧東ドイツなど)もあった。

    改革開放以降、市場経済が本格的に定着した中華人民共和国では、寧ろ半儒教的だった毛沢東時代とは違ってマルクス主義の経済発展段階の学説に忠実であり、その究極地点こそが共産主義だと認識されている。中国共産党は現在の状態を『資本主義から離脱した過渡期の状態』と規定し、資本主義部門と、社会主義部門との競争による社会主義市場経済(あるいは混合経済)体制を導入している。ベトナム社会主義共和国(ドイモイを参照)やラオス人民民主共和国も経済開放政策を導入した。一連の政策は恐らくレーニン政権末期のソ連のNEPが根拠になっていると思われる。

    一方キューバ共和国や朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)は独自の路線を歩んでいるが、北朝鮮については1990年に国是の主体思想はすでにマルクス主義と立場を異にしていると宣言、マルクス主義の看板を降ろし、以降は公式プロパガンダの内容や立場を変える頻度が劇的に増えている。

    西欧における「マルクス・ルネッサンス」

     ソ連型のマルクス主義(マルクス・レーニン主義、その後継としてのスターリン主義)に対して、西欧のマルクス主義者は異論や批判的立場を持つ者も少なくなかったが、最初に西欧型のマルクス主義を提示したのは哲学者のルカーチだった。ルカーチはソ連型マルクス主義に屈したが、ドイツのフランクフルト学派と呼ばれるマルクス主義者たちは、アドルノやホルクハイマーを筆頭に、ソ連型マルクス主義のような権威主義に対する徹底した批判を展開し、西欧のモダニズムと深く結びついた「批判理論」と呼ばれる新しいマルクス主義を展開し、ポストモダンとされる現代思想に対しても深い影響力を見せている。またルイ・アルチュセールのように構造主義的にマルクス主義をとらえ直す構造主義的マルクス主義、弁証法的唯物論のような哲学的な概念を前提とせず科学としての経済学に依拠して、資本主義を数理的に分析する分析的マルクス主義などもある。また、多くの哲学者や思想家、経済学者がマルクス主義について言及し考察している。全般的に旧来いわれていたマルクス主義の教条に囚われることなく多様な時には対立も含む諸理論を包み込んで進行している。 上記のような状況のもとで、いままで諸潮流の対立もあり編纂する事が出来なかった決定的なマルクス・エンゲルスの全集を作ろうという新MEGAプロジェクトが進行中である。

    マルクス主義に対する批判

    マルクス主義は、歴史、経済、政治、哲学の分野に及ぶ壮大な体系であり、さまざまな角度からの批判がある。

    唯物史観批判

    共産主義は資本主義の止揚された姿なので、マルクスは先進国で共産主義革命が起こると主張したが、実際に起こったのは発展途上国のロシアであった。また、未開社会やサルのような動物の社会でも、順位制という身分制度があり、原始共産制は見られない。原始共産制から階級分化が起こり、やがて共産主義社会の到来で階級対立がなくなるという考えは、キリスト教的な千年王国待望論で、それは科学というよりも宗教的信仰であるという批判もある。[1]マルクスは歴史上の全ての闘争は階級闘争であると主張する。レーニンは共産主義が普及したら階級闘争はなくなり、世界から戦争もなくなると主張したが、戦争原因は経済的合理性には還元できない。もしそうなら、世界大戦のように戦勝国も敗戦国も大被害をこうむるほど戦争が拡大することはなかったはずである。首都が瓦礫になるほど徹底抗戦するなどということは、どう考えても不合理である。フランシス・フクヤマは戦争は精神的な気概、優越願望の衝突によって起こると主張する。例えば、動物の世界では同種同士では住み分けを行い、争いは回避されるようなシステムになっている。ナワバリ争いで闘うこともあるが、負けた方は致命傷を受ける前にすごすごと退散し、勝った方はナワバリを維持できたことに満足し、わざわざ追い討ちをかけたりはしない。同種同士で殺し合いまでエスカレートすることはめったになく、戦争は気概を持った人間に特有の行為である。侵略者の国王が自国で自給自足できるだけの生産力があるのにもかかわらず、巨費を投じて他国を武力侵略するのは、彼が自分の力を誇示したいという名誉欲、野心に駆られたからだと考えたほうが合理的である。[2]ジョルジュ・バタイユは、人間には経済的合理性では説明できない破壊衝動が存在することを指摘し、それを蕩尽、あるいは過剰なる太陽エネルギーと呼んでいる。フロイトは政治的儀式が経済性とは関係のない性的要素を含んでいることを指摘し、「唯物史観は真理だが、それが全てではない」と主張している。

    マルクス経済学批判

    マルクスは資本論の中で、商品過剰と労働者過剰による資本主義の没落を説いたが、これはただの景気循環程度の問題に過ぎず、資本主義の本質的な没落を導く欠陥ではない。ケインズが主張したように、財政出動による公共事業の失業対策で対処可能である。また、あくまでも商品価格は需給関係によって成立するのであり、労働価値説は誤りだという批判もある。[3]資本家階級を革命により没落させようと主張しているが、資本家はリスク管理や市場調査などの重要な社会的分業を担っているのであり、その役割を不当に過小評価している。マルクスは生産手段を持つ者を資本家、持たない者を労働者と定義したが、株式会社の発達により、所有と経営が分離し、その違いが曖昧化した。労働者でも株式を購入したら、資本家になれるのである。発展途上国は先進国に搾取されているから経済的に貧しいのであり、この国家間の格差はますます広がっていくと言う従属理論も展開されたが、日本、韓国、台湾、シンガポールは積極的に先進国と交流し、奇跡とも言われる高度経済成長を達成した。発展途上国が発展途上国のままでいるのは、先進国に搾取されているからではなく、むしろ積極的に先進国と貿易や技術交流、相互投資を行わないからである。[4]

    共産主義体制批判

    マルクスの『資本論』はあくまでも資本主義社会の分析を行っているに過ぎず、共産主義社会の分析を行っているわけではない。共産主義が資本主義よりも優れているという考察や証明は行われていない。マルクスの理論に基づいてレーニンやスターリンが作ったソビエト連邦の共産主義体制は、共産主義を科学だと自称し、他のイデオロギーを非科学的、反革命的だと弾圧したので、労働者階級の解放どころか、結局は人民の自由を抑圧するポスト全体主義体制でしかなかった。階級廃絶を主張していたが、<党官僚>という偽善的な新階級を生み出してしまい、富は公平どころか特権階級に集中した。社会主義、共産主義、ナチズム、ファシズムは同根的な集産主義であり、計画経済や社会主義・共産主義が『独裁制の全体主義』に陥るのは必然的なことだったとの指摘もある。また、需給に関する全ての情報が効率的に集められない以上、効果的な計画経済は不可能であるとの指摘もある。現実に、道路建設、住宅、宇宙事業などの大規模な重厚長大産業では大きな効果を発揮したが、スピードと多様性が要求される情報産業やサービス産業には対応できず、民需用の工業製品の国際的信頼性は低かった。1960年代後半には宇宙事業でもアメリカの後塵を拝した。どれだけ働いても収入は同じのため、労働者の競争意識が削がれ、労働意欲の減退を招き、生産性も技術革新も停滞した。生産物の配分も不効率化し、パン一個買うのにも何時間も並ばなくてはならないほどだった。ソビエト共産党自身もその不合理性を認め、政治・経済の自由化を推し進め、1991年に解散した。[5]

    弁証法的唯物論批判

    レーニンは意識は物質の反映であるという反映論を説いたが、意識と物質には差異がある。例えば、日本語の文字は、それを知らない外国人にとってはただのインクの染みに過ぎない。日本語を理解する日本人が主観的に見るからこそ、文字として読まれるのである。文字の本質とは、規則的なパターンであり、物質(インク)そのものではない。現象学では、人間はただ無差別に対象をカメラのように認識しているのではなく、志向性ををもって、対象を主観的に<了解>(観察ではなく)して、意味付与していると指摘している。ゲシュタルト知覚という言葉があるように、生物は対象をありのままにではなく、抽象化し、単純化し、象徴化して認識、記憶しているのである。また、人間の身体は新陳代謝を繰り返し、物質的には数年で全身すべてが入れ替わると言われている。しかし、人間は同一の人格を維持している。生命現象の本質とは、タンパク質などの物質ではなく、あくまでもDNAの配列パターンであり、設計図であり、情報である。[6]

    前衛主義批判

    マルクスは「哲学者は世界をさまざまに解釈してきた。しかし重要なのは世界を変革することだ」と主張し、理論革命家が革命を先導すべきだと主張した。これをレーニンは前衛主義として受け継ぐ。しかし、もしマルクスの言うように革命が「歴史の必然」ならば、インテリゲンツィアが信念を持って革命を遂行する必要などないはずである。笠井潔は、インテリゲンツィアを知的無用者だと述べ、彼らが革命の理想にとりつかれたのは、本来は無用者であるのもかかわらず、自分をひとかどの人間だと思い込んだエリート意識であり、過剰な自己観念であり、にもかかわらず自分を評価しない社会に対するルサンチマン、劣等感であると指摘している。無目的で鬱屈としたインテリにとって、マルクスの革命理論は絶好の受け皿となった。これらのコンプレックスと自意識の強い田舎インテリの姿は、ドストエフスキーの文学などに多種多様に描写されている。前衛主義とは大衆を愚衆と考えた傲慢なエリート主義であり、排他的で硬直化した独善性である。それはレーニンの「マルクス主義は真理であるがゆえに全能である」という言葉に象徴されている。人民を解放しようという献身的な利他性どころか、世界を意のままに動かそうとする肥大したエゴであり、ソ連が収容所群島と化したり、連合赤軍が観念的なテロリズムに走るのは、その独善性と傲慢さゆえに必然であると指摘している。[7]吉本隆明は、知識人階級は非現実的で抽象的な理想に走るのではなく、<大衆の原像>を自分の理論の中に組み込むことが、世界を正しく認識する上で重要だと主張している。

    科学哲学からの批判

    科学哲学者のカール・ポパーは、マルクス主義は科学を自称しているが、反証可能性がないため科学ではないと指摘している。共産主義社会の到来を予言したが、時期を明確にしていないので、永遠に「いつか共産主義社会が到来する」と言い続けていたらその予言は外れることはない。これは歴史上言い続けられてきた「いつか最後の審判が訪れる」「千年王国は近づいた」といった宗教的預言と同種の構造であり、科学として正誤を確認しようがないのである。

    その他の批判

    小泉信三は、社会主義は科学ではなく、労働者の資本家に対する体系化された嫉妬の情であると指摘している。吉本隆明は『マチウ書試論』のなかで、「人間は、狡猾に秩序をぬってあるきながら、革命思想を信ずることもできるし、貧困と不合理な立法をまもることを強いられながら、革命思想を嫌悪することも出来る。自由な意志は選択するからだ。」と述べ、階級性に関係のない人間の自由意志の存在を指摘している。

    脚注

  • ^ 小泉信三:『共産主義批判の常識』
  • ^ フランシス・フクヤマ:『歴史の終わり』
  • ^ 小泉信三:『共産主義批判の常識』
  • ^ フランシス・フクヤマ:『歴史の終わり』
  • ^ フランシス・フクヤマ:『歴史の終わり』
  • ^ 清野清:『日本共産党を論破する』
  • ^ 笠井潔:『テロルの現象学』
  • 参考文献

    • マルクス:『資本論』
    • マルクス、エンゲルス:『ドイツ・イデオロギー』
    • マルクス、エンゲルス:『共産党宣言』
    • レーニン:『国家と革命』
    • トロツキー:『裏切られた革命』
    • ルカーチ:『歴史と階級意識』
    • マルクーゼ:『理性と革命』
    • アドルノ、ホルクハイマー:『啓蒙の弁証法』
    • 廣松渉:『存在と意味』
    • ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス:『自由主義』
    • フリードリヒ・ハイエク:『隷属への道』
    • 小泉信三:『共産主義批判の常識』
    • フランシス・フクヤマ:『歴史の終わり』
    • 清野清:『日本共産党を論破する』
    • 笠井潔:『テロルの現象学』

    関連項目

    • マルクス主義関係の記事一覧
    • 講座派
    • 労農派
    • 日本共産党
    • 左派社会党
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