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フランシス・ゴルトン
フランシス・ゴルトン(Sir Francis Galton、1822年2月16日 - 1911年1月17日)は、イギリスの人類学者、統計学者。フランシス・ゴールトンとも。祖父は医者・博物学者のエラズマス・ダーウィンで、進化論で知られるチャールズ・ダーウィンは従兄にあたる。
目次
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生涯
生い立ち
父は裕福な銀行家のサミュエル・テルティウス・ゴルトン、母はエラズマス・ダーウィンの娘でチャールズ・ダーウィンの父ロバート・ウォーリングとは異母兄妹であった。ロンドンのキングスカレッジでしばらく医学を学んだ後、ケンブリッジ大学で数学を学ぶ。ケンブリッジ大学卒業からまもなく父が死ぬと、その遺産で世界各地を旅し、アフリカの探検記を著した。
優生学と近代統計学の父
彼は、1883年に優生学(eugenics)という言葉を初めて用いたことで知られている。1869年の著書『遺伝的天才』(Hereditary Genius)の中で、彼は人の才能がほぼ遺伝によって受け継がれるものであると主張した。そして家畜の品種改良と同じように、人間にも人為選択を適用すればより良い社会ができると論じた。当時のイギリスでは産業革命からしばらく過ぎ、社会主義思想の広まりとともに労働者の環境も改善されつつあったが、ゴルトンは社会の発展のためには環境の改善よりも生物学的な改良が有意義だと信じていた。
統計学における貢献としては、平均への回帰と呼ばれる現象についての記述を初めて行ったことや、相関係数の概念の提唱などが挙げられる。
1907年、死去の直前にユニバーシティ・カレッジ・ロンドンに遺産を寄贈し、優生学と統計学の教授職と研究室を設立した。初代教授には教え子で共同研究者でもあったカール・ピアソンが就任し、エゴン・ピアソン、イェジ・ネイマン、ロナルド・フィッシャーと継がれていった。優生学研究所は後に閉鎖されたが、ゴルトンの設立した統計学研究所は近代統計学の発展の原動力となった。
その他の研究
『遺伝の理論(1875)』ではダーウィンのパンゲン説をウサギの輸血実験から確かめようとし、パンゲン説を否定してスタープ説を提唱した。これは獲得形質が遺伝しないことを主張した初期の研究である。指紋についての論文の発表や本の出版も行っており、指紋を利用して犯罪者の特定を行う捜査方法の確立にも貢献している。競馬においてゴルトンの法則で知られる。「祈り」の効果を科学的に検証しようと試み、毎週国民から健康を祈願されている英国王族も、ほかの裕福な貴族と平均寿命は変わらないことを発見した。他にも気象の研究など、幅広い分野で研究を残している。
受賞歴ほか
1855年にロンドン地理学協会からゴールドメダルを授与された。1860年に王立協会会員に選出された。1909年にはナイトに叙されている。1910年にコプリ・メダルを受賞した。
Francis Galton
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